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東京地方裁判所 平成5年(ワ)12880号 判決

原告

甲内乙之

被告

株式会社日本道路サービス

右代表者代表取締役

長嶋富三

右訴訟代理人弁護士

松鵜潔

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告は、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

第二事案の概要

一  本件は、被告を解雇された原告が、その解雇の効力を争って右地位確認を求めた事案である。

二  基礎となる事実関係(末尾に証拠番号を挙示した以外の事実は、当事者間に争いがない。)

1  被告会社は、有料道路の料金収受等の公共的業務を行う会社であり、原告は、姫路公共職業安定所の紹介により、平成五年四月三〇日、被告に雇用され、同日から、姫路バイパス営業所の臨時料金収受員として通行料金の収受業務に従事するようになった。その後原告は、同年五月一六日から正規の料金収受員となった。

2  被告は、平成五年六月二五日、原告に対し、就業規則一一条一項一号(精神若しくは身体に故障があるか又は虚弱傷病等のため業務に耐えられないと認めたとき)、二号(著しく職務怠慢か又は勤務成績劣悪でそのため同僚の迷惑になると認めたとき)、四号(その他前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき)所定の解雇事由に該当するものとして、解雇予告手当である金一七万八三二三円を支払ったうえ、通常解雇する旨の意思表示をした(〈証拠・人証略〉)。

三  本件の争点は、右解雇の有効性であるが、被告は、解雇事由を基礎づける具体的事実として次のとおり主張する。

1  原告の勤務態度は、欠勤等はなかったものの、常に孤独かつ自分本位で、同僚との協調性が全くなく、職場内での融和性を欠いていた。

2  原告の料金収受業務の成績は、平成五年五月分(同年五月一日から同月三〇日まで)については、過不足額が一万〇七七九円(誤収回数率六三・七九パーセント)、同年六月分(同年六月一日から同月二四日まで)については、過不足額が七五四〇円(誤収回数率四三・五九パーセント)にも達していた。

そして、右料金誤収について質問・指導すると、原告は、「機械表示のミスである」と強弁して自己の誤りを全面的に否認し、反省の態度が全くなく、指導に従おうとしなかった。

3  原告は、突然平成五年六月一五日付けで、被告会社の代表取締役宛に一通の手紙を送付してきた。右手紙は、文脈・内容が支離滅裂で、一体何をいわんとするのか理解ができず、また何の目的で差し出したのかも皆目不明のものであった。かかる不可解な手紙を、代表取締役宛に突然送付してくるということは、極めて非常識かつ異常な行動であった。

原告の異常性は、これまで前後九回も職を転じており、しかも転職の間に、長期に亘る空白の期間があることからも裏付けられた。

かような人物をこのまま公共性の高い料金収受業務に従事させれば、一般通行車両と、いついかなる不測の事態を惹起するやも知れぬと強く危惧された。

4  そこで、被告としては、料金収受業務の高度な公共性、公益性に鑑み、原告を右業務に従事させることは極めて不適任であると認め、前記のとおり、就業規則一一条一項一号、二号、四号に基づいて通常解雇したものである。

第三争点に対する判断

一  証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、次の事実が認められる。

1  原告(昭和一七年一月一五日生)は、姫路公共職業安定所の紹介により、平成五年四月三〇日、被告の姫路バイパス営業所の臨時料金収受員として雇用された。採用申込の際、被告に提出した原告作成の履歴書(〈証拠略〉)の学歴・職歴欄には、原告は、昭和三九年四月、学校法人大鉄学園阪南大学高等学校教諭として就職して以来、住宅会社営業事務員、自動車販売会社営業員、高等学校非常勤講師、学習塾講師、夜間警備員等と、何度も転職を繰り返している旨が記載されていた。そして、同履歴書の健康状態欄には、「良好」と記載されていた。

右採用に先立ち、被告会社では、同年四月二七日、姫路バイパス営業所所長の山崎欣一(以下、山崎所長という)らが原告の面接を行ったが、受け答えに異常な点は見受けられず、真面目そうな印象を抱き、筆記試験の成績も悪くなく、健康状態も良好である旨答えたので、被告は、原告を採用することとしたものである。

2  原告は、平成五年四月三〇日から、姫路バイパス営業所の臨時収受員として、上司の指導を受けながら料金収受等の業務に従事した。原告は、欠勤や遅刻、早退もなく真面目に勤務しており、上司の勤務評価では、口数が少なく、動作も緩慢であり、少し変わっているが、収受業務は何とかやれるであろうとのことであり、同年五月一六日から正規の料金収受員となった。

3  しかし、原告には、業務従事中、次のような問題行動が度重なり、同僚や通行客との間に軋轢を生ずるようになった。

〈1〉 料金収受業務終了時に行う収受金額等のチェック(検収)の際、原告は、自分が検収を行う側のときには、何か考え込んでいるようでなかなか検収を終了せず、検収を受ける側のときには、検収者から間違いを指摘されても素直に認めようとしない。

〈2〉 勤務交替のとき、原告は、何かメモをとるなどしてなかなか交替をしなかった。

〈3〉 料金所(ブース)に入り、料金収受業務に就くべき時間なのに、掃除をしていた。

〈4〉 仮眠時間中、自分の鞄のチャックの開閉を繰り返し、同僚の仮眠を妨げた。

4  収受金額の誤収状況については、臨時収受員として勤務した平成五年五月三日から同月一五日までの間については、原告が勤務に就く度、およそ数十円ないし数百円程度の過不足金が生じ、合計金六九九四円(過剰金四六三〇円、不足金二三六四円)に達した。

正規の料金収受員となって以降の平成五年五月一八日から同月三〇日までの間については、やはり原告が勤務に就く度、数十円ないし数百円の過不足金が生じ、合計三七八五円(過剰金二三六〇円、不足金一四二五円)に達した。

しかし、右期間は研修のため、被告は、特に指導を行わなかった。

平成五年六月一日から同月二四日までの間については、やや誤収回数が少なくなったものの、やはり原告が勤務に就くと、数十円ないし数百円程度の過不足金が生じ、合計七五四〇円(過剰金六二八〇円、不足金一二六〇円)に達した。ことに、同月二二日午前九時から一一時までの間、四一六〇円の過剰金(もらい過ぎ)が生じ、原告の上司である主任の阿美古克記や同岸本宗則らが釣り銭の支払ミスではないかとして事情聴取すると、原告は、機械のせいであるとしてこれを否定した。そして、高額誤収報告書(〈証拠略〉)に、誤差の原因は不明であると記載した。

5  平成五年六月一六日、原告は、突然被告会社代表者に宛てた手紙(〈証拠略〉)を発送した。その内容は、原告が大鉄学園高等学校の教諭をしていた当時(昭和四二年頃)、姫路市内の高岡病院にノイローゼで三か月間入院したこと、スキザフリーニア(精神分裂病)準備があったこと、保険証の加害届を私学共済へ出せば退職を取り消して誤診が成立するなどということが脈絡もなく記載された意味不明のものであった。

6  被告は、右のような非常識な行動に出る原告は、公共的性格を有する業務を行う被告会社の料金収受員として不適格であると判断した。

そこで、山崎所長は、平成五年六月二五日、原告に対し、勤務成績が不振であるからと告げ、即時解雇の意思表示をした。その際、同所長は、解雇予告手当として平均賃金の三〇日分である金一七万八三二三円を支払い、原告は、特に異議を唱えることなくこれを受領した。そして、原告は、ロッカーやキャッシュボックスの鍵等を返還し、帰宅した。

7  同日帰宅後、原告は、被告会社に宛て、「勤務成績が悪いとの理由で解雇されたが、納得がゆかない」との手紙(〈証拠略〉)を送付した。

山崎所長は、同年六月二九日、原告方を訪問し、原告の母立会いのうえ、原告に対し、料金収受業務成績に関し、金額を示し、誤収の多いことや平成五年六月二二日に四一六〇円の高額誤収があったが、原告は上司の指導に従わなかった、採用面接時に既往の病気について「何もない」と答えたが、虚偽であったのではないか、原告には協調性がないなどと解雇理由を説明した。

その後同年七月五日に、被告は、原告の父を通じ、健康保険証の返還を受けた。

二  右認定した事実によれば、原告は、料金収受業務において誤収が多く、勤務成績は決して芳しいものではなく、また原告には、前記被告会社代表者に宛てた手紙記載のとおりの精神病歴があって、勤務中も了解不明の行動が多く、これが同僚や通行客との軋轢の原因となっているものと認められ、「『精神に故障があるため業務に耐えられないと認めたとき』に準ずるやむを得ない理由があるとき」(就業規則一一条一項一号、四号)、及び「『著しく勤務成績劣悪でそのため同僚の迷惑になると認めたとき』に準ずるやむを得ない理由があるとき」(就業規則一一条一項二号、四号)との解雇理由に該当するというべきである。

そして、本件解雇の相当性を疑わせるような事情は、これを認めることができないから本件解雇は有効なものと認められる。

三  以上によれば、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田肇)

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